【連載・これからの大学入試③】なぜ? 共通テストの記述式問題導入は見送り

大学入試が、センター試験から大学入学共通テスト(以下、共通テスト)へと変わるにあたり、改革の目玉の一つと言われた「記述式問題」の導入。従来の選択式マークシートに加え、自分の考えを記述する形式の回答を求めるようにしたのです。知識量や暗記力勝負となりがちだった過去の入試を改善し、思考力や判断力、表現力を問うことが目的でした。しかし結果として、丁々発止の議論の末、導入は見送られることに。どのような意図や事情があったのでしょうか。

三つの課題をクリアできず、苦渋の見送りへ

記述式問題は、数学と国語の一部の問題において導入される予定でした。文部科学省HPによると、これにより「自分の力で考えをまとめたり、相手が理解できるよう根拠に基づいて論述したりする」力を評価できるとあります。

知識を実社会で有効活用できる力を問うという趣旨から考えると、試み自体はとても素晴らしいもののように思えます。しかし結果は「導入見送り」。理由は「①採点ミスの完全な解消」「②自己採点と実際の採点の不一致の改善」「③質の高い採点体制の明示」について、現時点では実施困難だと判断したためです。それぞれ、もう少し具体的に見てみましょう。

1万人の採点者がいないと間に合わない

これら三つの問題に共通する課題は、記述式であるがゆえに個々の回答が異なる点でした。

まず浮かび上がったのが、多くの答案を限られた期日内に採点できるのかという問題です。センター試験ではすべての採点を3日程度で終えていましたが、それはマークシートの答案をコンピュータが読み取って採点していたから。しかし、記述式は一人ひとりの回答をすべて人間の手でチェックする必要があります。第1回共通テストの受験者数は約48万人でしたが、これを「手作業で」「正確に」かつ「期日内で」終えるのは至難の業。採点期間を1週間程度まで延長しても、約1万人の採点者が必要という試算も出ていました。

そこで、採点者をアルバイトでまかなおうとしましたが、この対応も「アルバイトの技量では無理だ」「1万人ものアルバイトを、コンプライアンス(情報漏洩など)を含めて管理できるわけがない」と紛糾。つまり「①採点ミスの完全な解消」「③質の高い採点体制の明示」とは、これらの問題を指しているわけです。

記述式問題の採点に関する流れ

出典:独立行政法人 大学入試センター「大学入学共通テストの導入に向けた試行調査(プレテスト)(平成29年11月実施分)の結果報告の概要」

 

何をもって正解とするのか不明瞭で、自己採点との不一致が続出

また、同じく記述式特有の懸念として、明確な正解が一つとは限らないことも壁となっていました。何をもって正解・不正解とするのか基準が曖昧で、試験としての公平性を保ちにくいからです。ましてやアルバイトがそれを判断するわけですから、不安の声が上がるのも無理はないでしょう。これが「②自己採点と実際の採点の不一致の改善」で言及された部分です。

事前に実施した試行調査(プレテスト)の記述式問題において、自己採点との不一致率は21.2~30.5%。採点体制を改善して臨んだ2回目の試行調査に至っては、28.2%~33.4%とさらに悪化する始末で、実に約3割が不一致という結果に。受験生は共通テストの結果(自己採点)を元に最終的な出願先を決めることが多いですから、ここにズレがあるようでは大問題です。

同じ答案を二人の採点者がチェックし、評価が一致しない場合は上の立場にある採点者と合議で判断するなどの対策も取られましたが、それでもこの“見解の相違”を埋めることはできませんでした。

一方で、採点基準に統一性を持たせようとすれば、画一的な答えが出せる問題にする必要があります。すると結局は「模範解答」的な正解を覚えておく“対策”が横行し、記述式問題導入の理念そのものが根本から崩れかねません。こうした結果をふまえ、2021年の第1回共通テストにおける記述式問題は、導入見送りとなったのです。

試行調査における、自己採点と実際の採点の不一致率(単位:%)

見送られたのはあくまで「共通テスト」。記述式問題そのものは残る

また、見送りが決定した当時は「制度を再設計して2025年以降の共通テストで導入する」と発表されていましたが、次第にトーンダウンし、結局これも見送られることに。各大学に対し「大学入学共通テストで記述式を出題すべきか」を聞いたアンケートでも、国公立・私立とも8割以上が否定的な見解を示しました。

では、記述式問題はもう出題されないのかと言えば、そうではありません。(約50万人もの受験生が同じ日に同じ問題を解く)共通テストだから実施が難しいのであって、共通テスト後に各大学が行う個別入試や一般入試であれば、実施は不可能ではないからです。同じアンケートで「個別入試(一般選抜)で記述式を充実すべき」と答えた大学は、国公立で8割弱、私立で5割強となりました。

つまり、共通テストで記述式の導入が見送られても、そうした出題形式や思考力・判断力・表現力を問う問題は、今後も出題される可能性が高いということ。やはり、日頃の学習におけるトレーニングは欠かせないと言えそうです。

 

(参考)

記述式導入の見送りに関する萩生田文部科学大臣による会見(出典:YouTube文部科学省動画チャンネル)

※記事の内容は執筆時点のものです。入試制度などは今後、変更となる可能性があります。

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